リーマンブロガーの趣味向上委員会

自分の趣味である競馬ネタを中心に、その他の趣味も含めて『読者の皆様と一緒に向上していきたい❗️』をモットーにしたブログです

POGを始めたキッカケを一生懸命振り返ってみた

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どうも❗️

リーマンブロガーです‼️

 

今日は番外編とも言えるお話になりますが、私がPOGを始める事になったキッカケについて、大昔の記憶を紐解きながら書いていきたいと思っています。

 

個人的にPOGのドラフト会議を終えて、具体的な事を書く機会も失せてきた中で、ブログを続けていくためには書き続けるしかありません。

 

今後の収益化の事などを考えると、「商品レビュー」や「為になるアプリ紹介」などを書いていけばいいんだと思いますが、サラリーマンの副業とした位置付けでブログを続けていくには、やっぱり自分の好きな事を書く方が、色々と悩まなくて良い事に気付きました。

 

まとまった時間が取れるときには、構成をキチンと考えてそういうテーマの記事も書いていきたいですが、毎日の限られた時間の中で更新する記事は、やっぱり大好きな競馬に関わるお話になっていくんだろうと思っています。

 

要は自分が楽しく続けていくための、自分に都合の良い言い訳ですね(^_^;)

でもいいんです。

こうやって自分の中に蓄積されている知識や思い出をアウトプットする機会を貰えただけでも感謝です。尚且つ、沢山の皆様に呼んでもらえると、モチベーションは右肩上がりにノリノリになりますのでご協力をお願いしますm(_ _)m

 

では前置きが長くなりましたが、本編を開始したいと思います。

 

 

POGとの出会い

 

仲間との出会い

2003年の5月、私は未だ学校を卒業したばかりの新社会人で、仮配属の期間を終えて本配属となる部署へ移動したばかりだった。

新しい部署には同年代と思えるような先輩はおらず、明らかに「新入社員です」と顔に書いているような不安な面持ちをした私は、周りと比べると明らかに1人浮いていたと思う。

 

学生の頃の趣味はもっぱら競馬で、10代には見えない老けた顔のおかげか、最寄りのJRAに出入りしても止められる事もなく、毎週末通い詰めるほどの熱中ぶりだった。

ただお金が欲しいだけでなく、純粋に強い馬を見るのが好きだった私は、馬券も買わずに1日の大半をJRAで過ごす日もあった。

 

新しい部署に配属されて数日、職場の外に設置されていた喫煙所で始業前に一服をしていると、同じグループの先輩2人が喫煙所にやってきておもむろにタバコを吸い始めた。

「やっぱりダービーはネオユニヴァースやろ」

「いやいや、青葉賞を完勝したゼンノロブロイも捨て難いで」

そんな声が隣から聞こえてきて、私は相当に年上だろう先輩達の会話に我慢できずに割り込んでいった。

「いや、サクラプレジデントもおもろいっすよ」

急に会話に割り込んできた新参者に対して、先輩達は快く会話の輪の中に私を受け入れてくれた。

この2人が後に初代POGメンバーになるのだが、この頃はそんな事は誰も考えていなかった。

 

ぺーぱーおーなーずげーむ  って何?

時は巡り2004年、当時の私は携帯サイトの「デイリー馬三郎」という有料サイトに登録しており、毎週の競馬の予想に役立てていた。

お気に入り登録している馬について、調教結果をメールでお知らせしてくれたりと、当時はかなりこのサイトを重宝していた。

 

いつものように馬三郎をぼけぇ〜っと眺めていると、何やらデビュー前の2歳馬を5頭指名して、レースの賞金に応じてポイントが加算され、ランキング方式で全国の競馬ファンと競い合う、というようなイベントが開催されていた。

 

「何だか面白そうだな」

三度の飯より、他人と何かをかけて競い合う事が好きな私が、このイベントに参加しない理由は一つもなかった。

すぐに登録画面へ移り、デビュー前の若駒5頭を選んだ。

 5頭全てを思い出そうとしたが、15年以上も前の記憶が残っているはずもなく、、、何せ自分の知ってる繁殖牝馬の子ばかりを指名した気がする。

(当然、POG本なんて存在も知る訳もなく、本当に母親の名前だけを頼りに選んだ気がする。)

 

これが私と彼(POG)との最初の出会い。

出会いはいつも偶然。

最良の出会い。

私はいつもふとしたキッカケで本当に良い出会いをする。人も、それ以外も、何もかも。

感謝、感謝、感謝。。。

これがペーパーオーナーズゲームとの出会い。

 

ディープインパクトとの出会い

最初のPOGで指名した5頭の中に、何とディープインパクトを指名していた。

前年に全兄のブラックタイドが活躍した事もあり、ディープインパクトと言う名前に一目惚れした私は、何かに吸い寄せられる様にこの馬を指名していたのだ。

他の4頭は1勝も出来なかった気がするけど、この馬をPOG初年度に指名出来たことが、その先十数年もPOGを続けてこれた理由の1つである事は間違いないと思う。

 

ドラフト会議開催❗️

前年にディープインパクトを指名して、POGの楽しさを十二分に楽しんだ私は、翌年も当然のように同じサイトでPOG大会に参加していた。

先輩2人にも声を掛けて、同じサイトで5頭の指名馬を登録してもらった。

まだまだPOG初心者の我々は、当然のようにディープインパクトの全弟を皆が指名していた。

ニュービギニングと言う名の彼は、当時はただのオープン戦だったホープフルステークスこそ勝ったものの、その後はあまりパッとしない成績のままPOG期間を終えた。

携帯サイトに登録しているので、指名馬が重複している事に不満をもった私は、翌年からは本格的にドラフト会議を実施する事を目標に掲げていた。

例の先輩2人と、前年に入社してきた後輩1人、後に私の妻となる派遣社員1人を誘って、いよいよ本格的やPOGが始まったのである。

この時に初めてPOG本なるものの存在を知り、同時に購入した青本は今でも大事に本棚に飾られている。

これが私の原点だ。

 

印象に残っている指名馬

初めてのドラフト会議で私が1位指名した馬、それがアドマイヤサクラという馬だった。父:マーベラスサンデー、母:ティエッチマンボという血統で、確か開業間もない友道厩舎だったと思う。

1歳下の弟であるアドマイヤメジャーはそこそこ走ったのだが、このアドマイヤサクラは1勝もあげる事なく引退した。

しかし初心者だらけの我らがPOGドラフト会議では、1位指名で私を含めた3人が被り、ジャンケンに勝って歓喜の雄叫びをあげたあの頃の私を殴ってやりたい。

 

最後に

こんな感じで私はPOGと出会い、それから15年以上途切れる事なく毎年ドラフト会議を開催しています(^^)

POGという存在と出会わなければ、私は今でも競馬を好きなままだったかどうかも分からない。

POGを通して一年中競馬に関わっていく事で、競馬の楽しさを実感し、飽きずに続けてこられたのだと確信しています。

 

このサイトを覗いてくれている皆さんも、確実に競馬が好きな人達だと思いますが、私も誰にも負けないくらい競馬を好きな自信があります。

これから恐らく死ぬまで関わっていける趣味を偶然にも手に入れれた事を本当に感謝しながら本日はお別れしたいと思います。

サヨナラー‼️